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植物の成長、豊かな日常

先日、三年前にお引渡しをしたお宅を訪問して来ました。引渡時よりもリビング、ダイニングの中庭にある緑が大きく成長していて、室内との一体感が増していました。当時、緑の選定や距離や位置、壁との距離や高さなど未来の見え方や空間との調和を想像し設計したことを思い出しました。それが現実になっていて大変うれしくなりました。また、アトリエや趣味室から見える緑も程よい距離感へと成長していました。作品づくりに疲れた時には、外の緑が目と心を癒してくれているそうです。
自然を眺めながら趣味に没頭し、豊かな日常を過ごされていることが、とても印象的でした。これからさらに年月を重ねていくと、新たな気づきがもたらされ感性が育まれていくと確信できた一日でした。

※YouTubeでご覧いただけます。「とある休日。」

 

Healthian・wood

今年3月に富山県立山町に複合施設「ヘルジアン・ウッド(Healthian・wood)」がオープンしました。設計を手掛けたのは、新国立競技場を設計した建築家・隈研吾氏です。東京ドーム2個分(約10ヘクタール)という広大な敷地にレストランやイベントスペース、宿泊施設などを建築しています。「水田と立山連峰に溶け込む村のような建築群にしたい」との隈氏のコンセプトを体感できます。レストランの建物には、周辺の田んぼで取れた藁が使用してあり装飾と断熱の両方を兼ね備えています。そして、立山連峰を望む大きなガラス窓が特徴的です。
ヘルジアン・ウッドのHPには、Tateyama Beauty&Wellness Villageとの記載があるだけに身体に優しいハーブが香るパンや10種類以上のハーブティーなどがあり自然素材にこだわっています。
目の前に広がる立山連峰や田園風景を眺めながらハーブティーを飲みましたが、身体がポカポカしてきて心も暖かくなりました。

 

光の粒子、絶対的な安心感

最近、外を歩いているとよく虹に遭遇します。虹を見ていると光が粒子であることを実感します。その光は、柔らかく、軽く漂っている波のような存在に見えます。私は虹のような光の粒子を感じられるような光が好きです。それを空間の中でルーバーや障子を使い光を拡散して体現しています。この粒子を感じられる光に包まれると、なんだかそこには絶対的な安心感が存在しているように感じられます。歴史的な建築を見ると、そこに施された装飾よりも、光の方が精神に圧倒的な影響を及ぼしていることがよくわかります。今までの物質的な価値観から精神的な価値観へ移行している現在において、この光が及ぼす影響はさらに大きくなっていきます。今後は、絶対的な安心感を感じる建築がますます求められていくと考えています。

 

まだまだ暑い日が続いていますが、月が綺麗に見える季節になってきました。以前、自然豊かな住宅地で設計した住宅は、東南からの太陽の光を取り入れる為に大開口や吹抜けをつくりましたが、目的のメインは満月を眺めることです。ダイニングから眺める満月や二階の吹抜けに面して設けたスタディーコーナーから眺める満月など、月は±35度の範囲で周期的に方角が変わりますので、月の見える方角に合わせ開口部のデザインや大きさを調整しました。太陽のエネルギーはとてもパワフルではありますが、月は太陽とは異なる性質のエネルギーを持っていて、人間の持っている波動と共振共鳴を起こします。敷地条件によってはこの月の持つパワーを活用し、設計する手はありません。月を際立たせる為の空間構成や素材感、色使い、それから壁の量によって情報をコントロールし静謐な空間をつくり出します。静謐な空間から月を眺めることで様々な気付きが得られます。その気付きとは人それぞれだとは思いますが、宇宙の深淵さを感じたり、あるいは宇宙との一体感を感じることなどです。
人は意識的になることで多くの気付きを得られます。それが、最終的には人生に求め続ける居心地の良さ、つまり絶対的な安心感を得るのだと思います。これは永続的な感覚的であり普遍的なものです。
この住宅から来月にやって来る中秋の名月が見えることを期待しています。

 

「静謐さ」について

静謐さとは“静かで穏やかなさま”という意味です。静謐さとは、概念なので形として表現できませんが、私の感じる静謐さとは、早朝の朧な光が満す静謐さ、あるいは音がふと途絶えた時の静謐さ、夜空を見上げ宇宙の深淵さを感じた時に訪れる静謐さなどです。私は仕事柄建築を見ることが多いですが、これまで体験した空間の中で魅力を感じた建築には必ず静謐さがありました。以前ご紹介した谷川美術館もその一つです。この美術館は、光源を見せないことで光を絞り、また天井、壁、床を同素材にし境界を曲線にすることで一体化しています。建築に関わるすべての情報(開口部、天井、壁、床などの構成要素、素材など)を極限まで減したこの空間のつくり方によって、静謐さに満たされているのだと感じました。
人は静謐さに満たされた空間の中にいると、深い瞑想状態(I am 私は在る)となることができ、そして精神世界へとつながり自分の内なる空間を発見します。そして、自分の本質に気付くことができます。
建築や住宅とは、この静謐さを具現化し顕在意識を超えた潜在意識の世界へと繋ぐきっかけになるもだと考えています。

 

日本を超えた日本建築、谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館

第2回特別展「日本を超えた日本建築―Beyond Japan―」が一年前に開館した谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館で開催されていましたので訪れました。特別展は、大きな吹抜けの空間を通り階段を降りた地下のイベントスペースに設けられています。日本を超えて世界の異なる環境や社会の中で、ふさわしい建築として称賛されている、日本を代表する建築家8人(槇文彦/磯崎新/谷口吉生/伊東豊雄/安藤忠雄/隈研吾/SANAA/坂茂)の作品が模型や映像、写真で紹介されています。一つ一つ見ていくと建築家の方々の深い思想や理念が建築に反映されていて共感する部分が多々ありました。そして2階の常設展示室には素晴らしい水庭と、吉郎氏の設計により建てられた迎賓館赤坂離宮和風別館「游心亭」(1974年)の広間と茶室を原寸大で再現されています。広い水庭では鳥が水浴びをしたり、水庭いっぱいに広がる夏の力強い緑が写し出され、穏やかで涼しさを感じられた有意義な時間を過ごせました。

 

植物の世界・知性

植物は人間にとって美しさや癒しなどを与えてくれますが、それ以上のものを植物は持っているのではないかと思い学ぶうちに違う側面を見ることが出来ました。
植物は、捕食者(昆虫、草食動物)から逃げ出すことのできない環境で生き残る為に独自の進化を遂げてきました。人間と同じような五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を持ち、さらに15の感覚を持ち、重力を感知する能力や磁場を感じる能力、空気中や地中に含まれる物質を感知する能力などです。また植物はコミュニケーション能力もあると言われており、例えばトマトは、虫に襲われると科学物質を放出して周囲の仲間に危険を知らせます。世界最大級の花を咲かせるショクダイオオコンニャクは、クロバエを花粉の配達人に選び、クロバエの大好きな腐った動物の死骸の臭いを完全にコピーします。こんな臭いにおいさえも植物は真似出来るのです。このように植物は、相手を巧みに操ることのできる並外れた能力を持っています。これらの事実を知ると植物は、人間よりも高度な知性を持つ生命体であることが分かります。
植物は人間の生活になくてはならない存在であり、石油、石炭、天然ガスといった再生不可能なエネルギー資源となっています。また現代医療で使われる薬の有効成分の大半が植物由来のものです。
私がこれまで感じてきた植物への認識は、情緒的であり感性的な部分が多かったのですが、このような事実は私の意識を大きく変えてくれました。道端の雑草や人が介入した観葉植物、大自然の木々などすべての植物において、今までと同じ目線では見られなくなりました。

 

川沿いのカフェ

郊外にある川沿いの自然豊かな場所にカフェの依頼があり完成しました。この土地は川沿い特有の温度差から生まれる風の流れや、無常観に情緒的な魅力を感じ一年以上かけて施主様が探された土地です。フィルム写真を趣味としている施主様が撮影した作品や、写真家として活動されている方々の作品を展示するギャラリースペースを併設しています。カフェの席数は12席で、(カウンター6席、テーブル6席)カウンター席からは川が見え、テーブル席からは中庭が見えます。カウンター席に座って見える景色は、深い軒先や大開口により遠景を近景にし、室内に取り込んでいます。また、テーブル席にある中庭の緑は、生命エネルギーをより感じられるように出来るだけ近くに配置しています。カフェには人と人との交流や、オーナ様との交流など様々な場面が展開されていて、より深い交流をするために建物を使って潜在意識に働きかけることを考えました。ここで言う深い交流とは、潜在意識レベルで理解しあえることです。建物には、光による陰影・そしてその陰影がもたらす静謐さ、緑の持つ知性、自然素材が放つ安心感、それを人間の顕在意識の領域である五感を超えて潜在意識に働きかけるようにしています。
私たち人間や植物、鉱物などあらゆるすべてのものはエネルギー体であり、トーラス状のエネルギーフィールドを持っています。このトーラス状の波がそれらと共鳴することで、第六感、第七感の潜在意識に繋がっていきます。訪れた人達が、この建物に散りばめられたエッセンスを潜在意識の中で感じ取り、エネルギーの共鳴が起こって個を超えた先にある集合意識を感じられるのではないかと思っています。これからの宇宙時代を生きる私達が、目指す一元論的な調和の世界を垣間見れるのではないかと期待しています。

 

「建築が人にはたらきかけること」藤森照信著

以前ブログで紹介した建築家、藤森氏の半生や独自の建築、文明観が書かれた本が出版されました。本の題名は「建築が人にはたらきかけること」内容は、建築を生む力は神様が言葉のような実用を超えたところにある。村の信仰に守られた少年時代から今日まで。建築界の快人・藤森照信はいかにして成ったか、が書かれています。藤森氏は長野県の茅野市生まれ、この地は御柱祭りで有名な諏訪大社があります。全国諏訪神社総本社であり国内にあるもっとも古い神社の一つとされています。諏訪大社の特徴は、本殿と言われる建物がありません。代りに秋宮は一位の木を春宮は杉の木をご神木とし、上社は御山を御神体として拝しています。日本人が古くから行ってきた自然崇拝が、この地では今も根付いています。この地で育った藤森氏にとって、この環境が大きく建築の考え方の根底に影響を及ぼしています。本を読み進めると、以前訪れた神長宮守矢資料館のことが書かれていて、とても興味深い内容でした。藤森氏は守矢家が持っている貴重な古文書を収蔵する為の建物を、茅野市から相談を受けて計画が始まります。「この土地の歴史や風土をよく理解してつくらなければ神様に失礼にあたる。山の裾に広がる故郷の景色の中にモダニズム建築が建っているさまを見たくない。どう考えればいいかわかりませんでした。伝統的な民家は基本的にはやりたくない。民家の形式もそんなに古いものではないからです。でも最初は民家っぽいものを考えていました。」(本より一部抜粋)この土地の歴史や風土とは何かを調べていくと、諏訪は縄文文化の中心地でもありました。また神長宮守矢資料館に展示してある鹿の首などは、御頭祭によって捧げられたもので、この祭りは旧約聖書の中に類似点があり深い関係が垣間見れます。まさにこの地は自然を神とし、神と共に生きてきた歴史があることが分かります。この地には、精霊のようなエネルギー体であふれています。藤森氏は縄文人が見ていたであろう原風景を理解、分解、再構築し、ご神体である守屋山の精霊に応えるように設計をされたのではないかと思います。この本にはタンポポハウスなどその他多くの建築についても書かれており、この本を通じて藤森氏の建築になぜ私が惹かれるのかが、わかったような気がしました。

 

宇宙観

スリランカの建築は、自然との一体感を感じられるものが数多くあります。世界には自然との調和を考えた建築が沢山ありますが、スリランカの建築には、単純な癒しや感傷に浸るだけではない、何か深淵なるものを感じます。それは、スリランカという国のベースにある伝統医学(アーユルヴェーダ)の考える宇宙観が、建築に反映されていからではないかと考えています。スリランカで盛んなアーユルヴェーダとは心、体、行動や環境を含めた全体としての調和が、健康にとって重要とみる伝統医学のことです。そして医学のみならず、生活の知恵、生命科学、哲学の概念も含んでおり、病気の治療と予防だけでなく、より善い人生を目指すものであるとも言われ、健康の維持・増進や若返り、さらには幸福な人生、不幸な人生とは何かまで追求しています。
今から迎える宇宙時代にとっては、アーユルヴェーダのような伝統的な宇宙観がとても大切だと感じています。そして私が興味を持っている宇宙学(宇宙空間すなわち地球の大気圏外の空間領域を研究する学問の総称)は、地球の大気圏外に出ることで物理法則から外れて行き、意識の拡大が起こり次元を超えて行きます。高次になればなるほど大気圏内で感じられた五感を超えて六感、七感と言われるエネルギー領域に入っていきます。そこにはアーユルヴェーダの宇宙観と、宇宙学との共通点を沢山見出すことが出来ます。私は今まで過去の経験や、様々な建物を見た経験から居心地の良さとは何なのか、人にとって良いと思える普遍的な空間とはどのようなものなのか、ということを考えてきました。 しかしこれからは、今までのような大気圏内にある五感を通しての思考で物事を捉えるのではなく、大気圏外にある五感以降のエネルギー体を感じ取ることが出来る領域(ハート)を使うことで新しい建築の可能性が広がるのではないかと考えています。