ブログ

螺旋、幾何学

私は、アンモナイトを探すのが好きで以前ブログで紹介しました。アンモナイトの化石は世紀を超えて現代に存在し、そのままの姿で見えることに感動を覚えます。それと同時にこの螺旋状の形がとても魅力的です。私たちが存在する太陽系のある天の川銀河は渦巻形ですし、また旧約聖書の創世記の中に登場するバベルの塔も螺旋状です。物語の始まりはいつも螺旋から始まっているような気がします。一方現代においては、私たちの身近なところにも様々な螺旋状が見られます。例えば、人のDNAは二重螺旋構造、耳の中にも小さな螺旋状の器官があります。その他象の牙や鹿の角、 貝殻、オウムガイ、松ぼっくりなどフィボナッチ数列や対数螺旋がみられ、建築においては京都の薬師寺が有名です。これらが人を魅了するのは、潜在意識の中にある人種、性別、過去世を超越した何か共通な意識があるのだろうと思いました。そこを深く考察していくと自然界に存在する動植物や物質は、すべて幾何学的な法則に則り創られていることが分かりました。そして「意識」もそうです。そうすると私たちの身の回りには、幾何学しか存在しないことになります。幾何学をさらに探求していくと、私たちは幾何学的エネルギーフィールドの中に存在しています。その幾何学的エネルギーフィールドを活性化させるきっかけを与えることが、建築の役割であり、その活性化された幾何学的エネルギーフィールドにおいては、心の調和がもたらされることでしょう。

 

谷村美術館

谷村美術館は、私が高校二年生の時にモノクロの写真を見て衝撃を受けた建築物です。1983年に開館、設計は建築界の巨匠、村野藤吾氏最晩年の作品で、日本最高峰の木彫芸術家、澤田政廣氏の仏像「金剛王菩薩」「光明佛身」「彌勒菩薩」等10点を展示した美術館です。当時、私の身の回りにある建築物とは全く異なる様相をしていたことに驚きました。そして建築や建築史を学ぶにつれて、それが建築物の原点であることを知りました。谷村美術館は、荒涼とした砂漠の中の遺跡のイメージで設計されていて内部空間は、光の取り入れ方を工夫し洞窟のようなイメージで作られていました。私たちは、XYZ軸という三次元的(床壁天井)な分離された建築物に慣れ過ぎてしまっているので、この建築物のようなそれぞれの境界が消された空間を見ると、何となく物理次元の法則を超えたものを感じ、心が高まります。建築物は一般的に大きな開口を設けて開放感を得たり、壁の量や天井の高さを調整して内包感を感じさせていますが、この建築物はこのように、今までの建築物で語られてきた開放感や内包感とは全く違う次元にあり、壮大な広がりを感じられずにはいられません。この建築物は、意図的に意識の拡大を導く為に作られているように感じました。実際にこの建築物の中にいると、優しく包まれた感覚を持ちえながらも宇宙的膨張を感じる不思議な体験をしました。

 

藤森照信建築探訪

長野へ行った際に茅野市に立寄り建築家であり、建築史家でもある藤森照信氏の代表作「神長官守矢史料館(じんちょうかんもりやしりょうかん)」を訪れて来ました。この建物は、守矢家の文書を保管・公開する博物館で江戸時代まで諏訪大社上社の神長官を務めた、洩矢神の子孫である守矢家の敷地内に建築されました。構造は鉄筋コンクリート造りで自然素材で仕上げてあります。屋根には諏訪産の鉄平石、外壁にはサワラの割板、内壁にはモルタルに切りワラを混ぜた上に土を塗り、窓は手吹きガラスが使われています。そして特徴的なのは、玄関正面に4本の地元産のイチイの柱が、屋根を突き抜け建てられているところです。独特なフォルムと自然素材が放つ雰囲によって周囲の景観にとても馴染んでいます。また、資料館の近くには「空飛ぶ泥舟」や「高過庵」や「低過庵」などの茶室もあります。高過庵は、高さ6mの2本の栗の木の上に建築されていて、アメリカのTime誌では「世界でもっとも危険な建物トップ10」に選ばれています。
藤森氏の建築は建築史家として建築の歴史、文化などを背景にしているところが大きく影響しています。おそらく藤森氏は、歴史を読み解くことで人間の潜在意識の中にある人類共通の普遍意識を見ることが出来たのだと思います。意識をどんどん拡大させ何にも囚われず、それを純粋に具現化していることに深く感銘を受けました。私が目指している心の調和をもたらす建築、そしてその先にある二元から一元への世界、それを表す象徴的な建築だと感じました。もしかしたら潜在意識、顕在意識この両方を拡大していく中で宇宙意識と繋がり、建築と藤森氏の波長が同調し共振しすることで、このような独創的な建築が設計出来たのではないかと思いました。

 

パウダールーム

パウダールームやバスの空間の質を高めることは、住宅全体の雰囲気を決める大切な要素です。素材選び、光の取り入れ方や量などによって雰囲気はガラリと変わります。そして、もう一つ重要なのは使い勝手の良さです。一枚目の写真は、鏡の前に立った時に顔に影ができないようにする為、鏡の後から光を取り入れ女優ミラーのような効果を出しています。そして、光を拡散する為に使った障子には、和紙ではなく水に強く破れない素材を使用しています。また二枚目の写真のように、パウダールームとバスを中庭で一体化する方法で緑を取り込み、室内を明るくし開放的にします。そして緑が鏡に写り込むことで、毎朝見る緑の些細な変化に気づき心を癒し豊かにしてくれます。
柔らかい光や緑に満たされたパウダールームやバスは、毎日の身支度におけるストレスを軽減し、一日の始まりを気持ちの良い気分へと変えてくれるのではないでしょうか。

 

開かれた住宅

以前、ブログで集合住宅における「新しいコミュニティー」という題材で書きましたが、今回は戸建住宅における、コミュニティーの在り方にについて書きたいと思います。今の流れはコートハウス的な少し閉じた空間から、地域に開かれた建物や職住一体の建物に変化してきています。その主な理由は、少子高齢化、働き方の変化、家族との関係性の変化などです。このようなことによって今後は、さらに地域や社会との繋がりを求める建物が増えていくのではないかと考えています。
今回は、コートハウスではなく外に開かれた住宅を設計しました。街との繋がりとは言っても、住まう人の感情や心の動きを無視して暴力的に開くのではなく、心が自然と外に向かうように潜在意識に着目して設計しました。
この建物は、吹き抜けに面し大きな開口を設け、その開口の先には植栽スペースとアプローチを挟んで下がり壁を設けています。この下がり壁によって内包感をベースとした意識が、外に拡大していきます。一方、外からの意識は下がり壁によって内部への関心が、あまり向かないようになっています。そのお互いの意識の関係性が、地域と緩く繋がる心地よさを生んでいると思います。そのような緩い繋がりを体験することで、より意識が外へと拡大し、さらに地域との密なコミュニケーションが生まれるのではないでしょうか。そのような気づきを与えることが、建築の役割の一つでもあると考えています。

 

おおきな木

建築雑誌に掲載されていた絵本が気になり購入しました。題名は「おおきな木」作者はシェル・シルヴァスタイン、翻訳は村上春樹、38か国900万部の世界的ベストセラーになった絵本です。
少年は大きな木によじ登り、葉っぱを集め毎日遊んでいました。大きな木は幸せでした。やがて少年は青年になり、大きな木と遊ばなくなり様々な要求をするようになります。お金をほしがると大きな木は、リンゴを与え町で売ってそのお金で幸せにおなりなさいと言いました。そして今度は家がほしいと言うので、大きな木はすべての枝を与えます。それでも絵本の中では「木は幸せになりました」とつづられています。そして最後には、大木である自らの幹を与えるのです。やがて時が流れ老人となった少年は、久しぶりに切株だけとなった大きな木に会いにきます。大きな木は「わたしにはもう何もないの。あなたにあげられるものが・・・」と告げると少年は「僕にはもう、特に何も必要としない。腰を下ろして休める、静かな場所があればそれでいいんだ。」と言います。切株となった大きな木は「それなら、古い切り株なら腰を下ろして休むにはピッタリよ。いらっしゃい、坊や、私にお坐りなさい。座って、ゆっくりとおやすみなさい。」と言います。そして「木は幸せでした」と物語は締めくくられています。
大きな木は、リンゴや枝という物質に愛を変換し惜しみなく与えています。大きな木にとって与えるものは何でもよかったのです。私たちが受け入れてきた、交渉と取引をベースとした愛ではなく、大きな木が与えていたのは本物の愛(アガペー)です。この絵本のテーマは、アガペーがもたらす幸せの本質を教えてくれているのだと私は感じました。

この絵本の訳者である村上春樹さんはあとがきにこのように書いています。
多くの人は、この木を母性の象徴としてとることでしょう。しかし、それはもちろん一つの解釈に過ぎません。(中略)・・・ あなたがこの物語の中に何を感じるかは、もちろんあなたの自由です。それをあえて言葉にする必要もありません。その為に物語というものがあるのです。物語は人の心を映す自然の鏡のようなものなのです。

 

緑とアプローチ

自然豊かではない街中の敷地においてでも、自然との調和を大切にし玄関アプローチ、ダイニング、中庭を一体として捉え設計しました。朝、ダイニングから見える緑の景色に活力をもらい、そして玄関を開けて出掛ける時に感じる緑の生命力が、気分を高揚させ、前向きな気持ちにしてくます。そして帰宅時には、照明に照らされる緑の陰影の美しさが出迎えてくれ、心に安らぎと癒しをもたらしてくれます。玄関アプローチを通るうちに心が外向きから内向きに切り替わり、それはとても大切な時間です。そして、緑の美しい玄関アプローチは、街と住宅とを繋ぐ間でもあり、通りがかる人にも楽しみや癒しを与えます。緑とは、人間にとって欠かすことのできない存在であり、私は緑のもつ再生エネルギーを最大限に住宅や建築の中に取り入れることで、心がより豊かになっていくと考えています。

 

陰、影、光

陰影とは、陰(光の当たらない所)と影(光がものに遮られてできる暗い部分)があり英語では、陰をshade(シェード)、影をshadow(シャドウ)として分けています。私は、情緒的な雰囲気を与える陰に落ち着きや癒しを感じます。特に天井と壁の接点や、壁と床の接点、深い軒先の奥にある暗がりなどです。陰(shade)は、影(shadow)のようなダイナミックさはありませんが、繊細で奥ゆかしく確かにそこに存在するのだと分かります。陰(shade)は影(shadow)とは違い、意図的につくり出すことは容易ではないと考えます。反射光や間接光のような粒子的で、幻想的な光のふるまいをコントロールするのが難しいからです。陰(shade)に注目して、そのふるまい方を追求していくことで、光の扱い方に対する理解がより深まります。つまり光を設計することとは、陰と影を意識して設計することであり、陰陽論と同じように対極にあるものを同時に存在させ、そのバランスを整えることが、居心地の良い空間になるのではないかと思います。

 

居心地

以前、暖かな光と猫という題材でブログを書きましたが、他の動物達でも同じようなことが言えます。この写真は、約2年前に竣工した住宅で撮影されたものです。動物は、自分にとって居心地の良いと思える空間を、直感的に瞬時に判断し生きていると思います。この写真は、それが素直に表れたものです。冬は、薪ストーブの近くやトップライトの光の下の暖かさを感じ、夏はおそらく風の通る涼しい場所を求め移動していることでしょう。とても微笑ましい写真で和みます。動物が、居心地の良さを求めるように、人も居心地の良さを求めています。人がなぜ居心地の良さを求めるかというと、日々のストレスからの開放、精神の開放、そして癒しによって心や体の調和が、もたらされることを潜在的に知っているからです。私は、それを具現化する建築を設計したいと思っています。その為には、人の潜在意識の表れである無意識を観察し、それを建築の中に手法としてちりばめることだと考えています。そうすることで心や体の不調和を起こした時にでも、再び調和を取り戻すことが出来ると思います。

 

上からの光

私はトップライトから入る光を好んで用います。その理由は、時間の移ろいを感じさせてくれること、そして最大の魅力は、上からの光によって、人の心がどんな状態であっても活力を与えてくれるからです。トップライトは、光の量や見え方を考えて屋根形状や配置、大きさ、角度を含め検討していきます。そして光をさらに際立たせるためには、壁の素材が重要です。住宅において様々な小さな気付きをたくさん作ることが、住まう人の感性を育み、幸せと感じる時間を創り出します。このようなことは、あらゆる建物の設計に活かせるのではないかと考えています。